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水戸地方裁判所 昭和47年(モ)149号 判決 1973年3月05日

債権者

宗教法人神向寺

右代表者

朝野暢瑩

右訴訟代理人

坂本成

小玉博之

債務者

岡部琢郎

第三債務者

右事務管掌者水戸地方裁判所歳入歳出

現金出納官吏

裁判所事務官

佐藤信胤

主文

水戸地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三六号債権仮差押申請事件につき、同裁判所が同年二月二五日になした仮差押決定を取消す。

債権者の右仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。この判決はかりに執行することができる。

事実

債権者代理人は、「水戸地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三六号債権仮差押申請事件につき、同裁判所が同年二月二五日になした仮差押決定を認可する。訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決を求め、

その申請の理由として、

一、申請外山田健二は右翼結社である大日本皇誠会の役員であり、昭和四五年八月債権者からその所有地に関する紛争について解決方を一時委任されたことのある者であるが、右紛争は同年一一月九日債権者がその所有地約一万坪を総額一億九千万円で申請外椎名宏行に売却するという形で処理されることになり、債権者は同年同月三〇日右椎名よりその振出にかかる金一億二千万円の小切手一通(ただし、同年一二月五日の先日付小切手)を受取つた。

二、しかるに、右小切手は期日に支払われず、債権者が苦慮していたところ、同年一二月六日右山田は債権者方を訪れ、その役員である申請外高橋貞雄に対し、「椎名に資金ができないなら知人の宮田祐信に作つてもらうので、その金利分金一千万円のうち半分の金五〇〇万円を寺側で出してくれ。」と虚構の事実を申向け(実際は右小切手金は申請外石井欽三が右山田および宮田らに関係なく支出したものである)、その旨誤信した債権者から同年一二月七日潮来町まこも旅館において小切手金五〇〇万円を詐取したものであつて、以上の事実関係に基き債権者は山田に対し、金五〇〇万円の損害賠償請求権を有するものである。

三、右事件について、山田は昭和四六年六月一二日付をもつて、水戸地方検察庁より水戸地方裁判所に詐欺罪で起訴されたが、山田は起訴前より引続き他の恐喝事件の被告人として拘禁されていたところ、同年一〇月一二日保釈保証金三〇〇万円を同人の右被告事件の弁護人である債務者名義で第三債務者事務管掌者に納付して保釈出所した。

四、右保釈保証金は右の如く債務者名義で納付されているが、債務者は弁護人として被告人たる山田を代理して保釈請求をなし、保釈保証金を納付したものであるし、また、かりに、被告人以外の者が右保証金を調達提供したとしても、それは山田に対し贈与または貸与されたもので、山田はこれを自己のため債務者を通じて納付したものというべきであるから、その実質上の権利者は山田であり、同人は第三債務者に対し直接または間接(債務者を通じて)に返還請求権を有し、右保釈保証金が第三債務者から債務者に返還されたときは債務者に対し返還請求権を有するものである。

五、ところで、山田は前記の如く多額の金員を詐取したほか、債権者より相当の報酬金を得ておりながら、いまだに損害の賠償もしていない態度からみて、保釈保証金についてもその返還を受けた後はこれを他に隠匿することは明らかであり、かくては、後日債権者が山田に対する損害賠償請求訴訟において勝訴の判決を得ても強制執行をなすことができなくなる。

六、よつて、右強制執行保全のため、債権者は無資力である山田の債務者に対して有する返還請求権に代位して債務者が第三債務者に対して有する保釈保証金返還請求権の仮差押をなしうるべき関係にあるから、本件仮差押決定の認可を求める。

と述べた。

債務者は主文一ないし三項同旨の判決を求め、答弁として、

一、申請理由一および二の各事実は不知。

二、同三の事実中山田健二が保釈保証金三〇〇万円を納付したことは否認し、その余の事実は認める。

三、同四の事実は否認する。債権者主張の保釈保証金は債務者が山田の父申請外山田勝市の金員を同人から預つたもので、山田健二の金員を同人から預つたものではないから同人は保釈保証金に対する実質上の権利を有せず、債務者および第三債務者に対しその返還を請求しうべき権利はない。

四、同五の事実は不知。

五、同六の主張は争う。

と述べた。

疎明<略>

理由

<疎明>によれば申請の理由一、二の各事実が疎明される。

しかして、申請外山田健二は前記各事実に基き昭和四六年六月一二日水戸地方検察庁より水戸地方裁判所に詐欺罪で起訴されたこと、同人は右起訴前より引続き他の恐喝事件で起訴され拘禁されていたが、同年一〇月一二日右被告事件につき、同人の弁護人である債務者名義で第三債務者事務管掌者に保釈保証金三〇〇万円が納付され、右健二が保釈出所したことは当事者間に争いがない。

債権者は弁護人たる債務者は被告人たる健二を代理して保釈請求をなし、保釈保証金を納付しているから、健二が保釈保証人に対する実質上の権利者である旨主張するが、かりに刑事訴訟手続上弁護人たる債務者が包括代理権または独立代理権の行使として保釈請求をし、保釈保証金を納付したとしても、その訴訟行為の効果が被告人たる健二に及ぶにとどまり、そのことから直ちに常に当然に保釈保証金に対する実質上の権利が健二に帰属しまたは帰属すべきものということはできず、債務者が第三債務者より返還を受けた場合の保釈保証金に対する返還請求権利者は、専ら、健二、債務者および現実の出捐者との間の実体的法律関係によつて決せられるものというべきであるから、債権者の右主張は採用できない。

ところで、<疎明>を総合すれば、前記健二に対し前記恐喝事件につき保釈許可決定がなされたが、同人はその保釈保証金三〇〇万円を納付する資力がなかつたため、弟の申請外山田茂美等を通じて平常殆んど附合いのなかつた父申請外山田勝市に保釈保証金を全額納付してくれるよう懇願し、同人はこれを容れて、自らの預金三〇〇万円の払戻しを受け、右茂美を通じて健二の恐喝事件の弁護人である債務者に交付し、債務者名義で保釈保証金として納付したこと、右金員は勝市が健二に贈与または貸与などしたものではなく、健二のためこれに代つて出捐し、提供したものにすぎないことが疎明される。

右疎明事実によれば、健二は右保釈保証金に対して何等の権利をも有せず、勝市が実質上の権利を有し、債務者が後日第三債務者よりその返還を受けた場合、勝市が債務者に対してその返還を請求しうる関係にあるものというべきである。

以上の如く、健二が債務者に対し保釈保証金の返還請求権を有しない以上、健二が右返還請求権を有するとしてなす本件債権仮差押申請(水戸地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三六号)はその余の判断をまつまでもなく失当として却下すべきものであり、これを認容した当裁判所昭和四七年二月二五日付の本件仮差押決定は取消しを免れないものである。

よつて、民訴法八九条、七五六条の二を適用して主文のとおり判決する。

(太田昭雄)

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